| 人口 | 8,912 |
人 |
| 面積 | 204.32 |
ku |
| 人口02年 面積99年調べ | ||
能義郡広瀬町 ひろせちょう
| 広瀬町役場 | ||
| 広瀬町商工会 | ||
![]() |
金屋子神社縁起絵巻を通して、たたら師達から信仰された金屋子神(製鉄や |
|
たたら製鉄の歴史や方法などの基本的なことについては日立金属のたたらの話が大変参考になります。関連する施設や遺構などは安来市・広瀬町・大東町・仁多町・横田町・吉田村で見ることができます。また、上記6市町村は共同で鉄の道文化圏という事業を進めており、それぞれの市町村のイベントや観光情報なども紹介されています。 |
||
○学校
| 小学校 中学校 | ||
○遺跡・史跡・自然・人物
広瀬藩![]() 広瀬陣屋跡 |
松江藩の支藩として1666(寛文6)年に創設される。初代松平直政の死後、長男の綱隆が松江藩を継ぎました。その二人の弟に対して幕府の許しを得て次男近栄(ちかよし)に与えたのが広瀬藩3万石でした。三男隆政には母里藩1万石が与えられました。 広瀬藩は城郭はありませんが、参勤交代の義務もある小藩でした。藩領は松江藩を挟んで能義郡と飯石郡が飛び地になっています。 明治維新後は1871(明治4)年に松江藩・母里藩・広瀬藩がそのまま3県になった後、同年合併し、浜田藩から移管された隠岐と併せて島根県になります。 |
||
(広瀬町)「史跡めぐり」→「尼子盛衰記」をクリック ![]() |
築城は平安時代末期と考えられる。鎌倉幕府の成立によって出雲の守護になった佐々木義清以来、鎌倉時代後半に塩冶大廻城(関連:塩冶判官高貞)に移ったことがあるが、南北朝時代には山名氏、室町時代には |
||
出雲尼子氏 毛利VS尼子 尼子史記 甲良町 ハーベスト出版 |
|||
| 山中 (広瀬町)「紙芝居 山中鹿介」をクリック ![]() |
|||
| 広瀬鉄道 (詳しくは→安来市) ![]() かつての出雲広瀬駅前 |
1925(大正14)年に発足した広瀬鉄道は1928(昭和3)年に荒島(現JR荒島駅、安来市)〜出雲広瀬間(8.3km)が開業します。第2次世界大戦中の1944(昭和19)年に伯陽電鉄と合併し山陰中央鉄道となる。戦後1948年に島根鉄道として分離しましたが、1954年出雲鉄道とともに一畑電鉄に吸収合併され一畑電鉄広瀬線となりますが、1960年に廃止されました。 | ||
(神奈備にようこそ!) ![]() |
|
||
() |
|||
○伝統工芸品・特産物など
| 広瀬 |
||
() |
||
○個人・企業など
| 広瀬陸上クラブ | ||
○市町村合併の動き
| 安来市・広瀬町・伯太町合併協議会 | 安来市、広瀬町、伯太町でつくる合併協議会です。 | |
| 島根県 市町村合併 | 島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。 | |
○役場を中心とした地図
マピオン版![]() |
1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。 | |
地形図閲覧システム版![]() |
国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。 | |