| 人口 | 5,845 |
人 |
| 面積 | 22.26 |
ku |
| 人口02年 面積99年調べ | ||
簸川郡湖陵町 こりょうちょう
| 湖陵町役場 | ||
| 湖陵町商工会 | 町内の特産品や、観光、企業につての情報も提供されています。 | |
| 国民宿舎国引荘 | ||
○学校
| 小学校 中学校 簸川郡内の高等学校 | ||
○遺跡・史跡・自然・人物
| 神西城 ( |
神西城は尼子十旗出雲に君臨した尼子氏、その本城月山富田城(広瀬町)の防衛網として出雲国中に配置された十の要砦の一つ。雲陽軍実記には「惣じて尼子旗下にいて禄の第一は白鹿、第二は三沢、第三は三刀屋、第四は赤穴、第五は牛尾、第六は高瀬、第七は神西、第八は熊野、第九は真木、第十は大西なり、これを出雲一国の十旗と云ふ」とある。 | |
山中鹿之介の館の他、歴史及び平面図が神西村史の第二編 第七章「神西城址」にあります。また、神西湖ホームページにもあります。 尼子氏については尼子伝説にあります。 |
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| 芋代官碑 (井戸平左衛門については→大田市) ![]() |
芋代官こと、井戸平左衛門 |
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「湖陵町誌研究 1」(1992年 湖陵町教育委員会)によると町内には4つの芋代官碑があります。左の写真はその中で |
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(神西湖ホームページ) ![]() |
湖陵町と出雲市にまたがる1.4平方kmの湖。古くは |
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神西湖ホームページには神西湖の歴史とともにGIFアニメーションでの説明もあります。 出雲国風土記に関しては同志社女子大学学芸学部の寺川眞知夫 古代文学研究室には1805(文化2)年版の出雲国風土記をテキストでみることができます(もちろん原文です)。出雲国風土記の概要などについては島根県教育庁文化財課に出雲国風土記のサイトがあります。 |
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(詳しくは→出雲市) ![]() |
江戸時代の1689(元和7)年に生まれ、斐伊川の水を引き入れ高瀬川や、神西湖から日本海を結ぶ差海川を私財をなげうって作りました。 | |
差海川の開削については神西村史の第三編 第三章「差海川開削」に記述があります。 |
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○伝統工芸品・伝統行事・特産物など
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10月18日に行われる秋の例大祭に奉納されるのが |
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(神西湖ホームページ) |
神西湖は宍道湖と同様にヤマトシジミ漁が行われています。(詳しくは→松江市) | |
| 西浜いも (西浜砂丘農園) |
日本海の潮風が運んできた砂丘地を利用して栽培されているベニアズマという種類のいもです。 | |
○個人・企業など
| ふるさと湖陵町 | 湖陵町に密着した情報を多く提供しておられる個人のサイトです。 | |
| 神西湖ホームページ | 出雲市と湖陵町にまたがる神西湖の魅力を紹介しています。また室町末期、毛利氏と尼子氏が出雲の覇権をめぐって争っていたころにあった神西城についての情報もあります。 | |
| 湖陵町インディアカ協会 | 島根県スポーツレクリエーション祭で、インディアカ競技の会場になったことがきっかけで作られました。 | |
○市町村合併の動き
| 出雲地区任意合併協議会 | 出雲市、平田市、斐川町、佐田町、多伎町、湖陵町、大社町でつくる任意合併協議会です。 | |
| 島根県 市町村合併 | 島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。 | |
○役場を中心とした地図
マピオン版![]() |
1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。 | |
地形図閲覧システム版![]() |
国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。 | |