| 人口 | 33,406 |
人 |
| 面積 | 332.69 |
ku |
| 人口02年 面積99年調べ | ||
大田市 おおだし
| 大田市役所 | ||
| 山村留学だより | 大田市教育委員会・山村留学事務局 | |
| 大田商工会議所 | 大田市内の商店・企業の情報・リンク集が充実しています。 | |
| 大田市立病院 | ||
三瓶自然館 サヒメル![]() |
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| あすてらす 島根女性総合センター | ||
○学校
| 小学校 中学校 高等学校 大学・短大・高専 | ||
○遺跡・史跡・自然・人物
大森代官所![]() |
石見天領の所管庁として邇摩郡佐摩村大森(現大田市)に置かれた代官所で、銀山経営がその任務でした。 第2次長州戦争において浜田藩が落城すると、石見銀山領代官も代官所を捨て逃走した。その後長州軍はこの代官所を本陣として浜田藩・石見銀山領に長州民政方の軍政を敷いた。 1868(明治元)年からは明治政府の許可を得て長州藩預かり地として支配され、翌年には隠岐県を合併して大森県を新設します。1870年には浜田県に改称され県庁も大森から浜田へ移り、さらに1876年に島根県に編入される。 |
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| 石見銀山 (石見銀山資料館) (石見銀山ネット) (石見銀山) ![]() |
石見銀山が史料に初めて登場するのは1309(延慶2)年ですが、発見についての史料は江戸時代に書かれた「石見銀山旧記」にありますがが、史実と異なる点もあり、定かではありません。 当時の日本は金銀銅の精錬法を知らなかったため、朝鮮半島から 戦国時代には銀山をめぐって大内氏・尼子氏・小笠原氏・毛利氏などが覇権を争いました。その頃にはヨーロッパにも知られるようになりました。 江戸時代には直轄領となり、1869(明治2)年には新政府の手に移り、大森県が誕生しました。 大正時代に入り鉱山は地下200mまで鉱脈が下がり、採算がとれなくなったことから1923(大正12)年に閉山となりました。 「大田三十年誌」 1983年 大田市教育委員会を参照 |
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フォトしまね 145 |
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| 芋代官 井戸平左衛門 ![]() 何が供えられているのがわかりますか? →答え |
石見銀山の19代代官。1731(享保16)年9月に着任する。その翌年、大凶作に見舞われ各村の年貢を減免した。この年(1732年)亡父の命日大森の栄泉寺を訪ねた平左衛門は、旅の僧侶から薩摩芋の話を聞き、幕府のお声掛かりで百斤(やく60kg)の芋の導入に成功、やがて中国地方全域に普及しました。この後の天明・天保の大飢饉には、薩摩芋のおかげで多くの人々が救われました。平左衛門の功績は年貢の対象にならない薩摩芋を、行政の力で普及したことにあります。 飢餓対策に追われて巡視ができなかった備中・備後へ1733(享保18)年に出かけた平左衛門はその途中、亡くなりました。 「大田三十年誌」 1983年 大田市教育委員会を参照 |
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薩摩芋の恩恵に喜んだ農民は相次いで公徳碑を建て、銀山御料全域の他、石見、遠くは弓ヶ浜・米子・島根半島・隠岐に及びその数も200基以上あるといいます。左の写真は湖陵町 隠岐郡知夫村の各地区には「井戸平左衛門正明」と書かれた通称「芋神さん」が村内に4基見られ、命日にあたる旧10月26日、各地で芋法座、芋法事が行われています。また邇摩郡仁摩町の大国文化推進協議会のサイトでも見ることができます。 亡くなった岡山県笠岡市の |
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(さんべさん・大田市商工観光課) ![]() |
「出雲国風土記」に |
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さんべさんのサイトには三瓶山の成り立ち等の他に登頂ルートなどの情報が提供されています。火山に関しては日本火山学会のサイト内にある日本の第四紀火山カタログでその特徴を見ることができます。かがっきーずにはカルデラなどの説明がされています。 |
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![]() |
久手町の国道9号線の北側一帯の水田は、かつては美しい湖水でした。戦時下の食糧増産のため、やく680平方kmの湖面を干拓する計画が国の手によって立てられ、1943(昭和18)年に着工し1951(昭和26)年に完成しました。波根湖の干拓の歴史は江戸時代にも代官の川崎平右衛門定高らにより数回行われています。 | |
○伝統工芸品・伝統行事・特産物など
| 彼岸市 (大田商工会議所) ![]() |
「中日つぁん」の愛称で親しまれている彼岸市は、室町時代には鍬市、竹市と呼ばれ、門前市が起源だといわれます。農機具や農産品、生活雑貨を交換することなどから発達し、今では大田商工会議所が主催する春、秋恒例の催しとして親しまれています。 | |
| グロ (五十猛漁業協同組合) ![]() |
1月11日、韓神新羅神社前に |
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行事の様子については山陰地方の御幣 白石昭臣(自然と文化 第63号「御幣」)のほか、チャングマダンには韓国にもグロと同じような行事があることや朝鮮文化との関わりについてまとめられています。 |
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| 石州瓦 (詳しくは→江津市) |
江戸時代の中期頃から造られるようになりました。石見地域に産出する豊富な良質の陶土と、来待石からとれる 大田市内にも多くの瓦メーカーがあります。 |
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○個人・企業など
| 五十猛郵便局 | 五十猛の歴史や延縄漁などの地域の情報が丁寧にまとめられています。 | |||||||||||||||
| JA石見銀山 | ||||||||||||||||
| 大田市漁業協同組合 | ||||||||||||||||
| 五十猛漁業協同組合 | 伝統の わに(サメ)漁についてや、地域の行事「グロ」(歳徳祭・千歳祭)についてなどの情報もあります。 | |||||||||||||||
| 和江漁業協同組合 | ||||||||||||||||
| 協和漁業 | ||||||||||||||||
| 和田珍味 | ||||||||||||||||
| 五十猛の町づくりを考えるページ | ||||||||||||||||
| 五十猛・ドット・コム | ||||||||||||||||
| 中村ブレイズ | ||||||||||||||||
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| 大田市子どもセンター | ||||||||||||||||
| 石州セラミカ協業組合 | ||||||||||||||||
| ぎんぎんネット | ||||||||||||||||
| 緑と水の連絡会議 | 草原・里山などの保全の重要性を訴えるために設立された、大田市に拠点を置くNGO(非政府機構)です。 | |||||||||||||||
○市町村合併の動き
| 大田市・温泉津町・仁摩町合併協議会 | 大田市、温泉津町、仁摩町でつくる合併協議会です。 | |
| 島根県 市町村合併 | 島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。 | |
○役場を中心とした地図
マピオン版![]() |
1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。 | |
地形図閲覧システム版![]() |
国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。 | |