人口
9,490
面積
60.17
ku
人口02年 面積99年調べ
八束郡宍道町 しんじちょう
八束郡【鹿島町島根町美保関町東出雲町八雲村玉湯町宍道町八束町

○公共の施設
  宍道町役場  
 
  モニュメント・ミュージアム
来待ストーン
 来待ストーンは、宍道町の地場産業である出雲石灯ろうの原材料「来待石」の歴史・文化を紹介しているミュージアム、来待石の彫刻体験が出来る体験工房、陶芸や絵付けが出来る夢工房があります。ホームページではこの施設の説明を中心に、来待石についての歴史なども書かれています。
 
  ギャラリー・C
(ふれあい交流館)
 
 
  宍道町ふるさと森林公園
(Forest Park)
 
 
  宍道町商工会  
 
   
 
   
 

○学校
  小学校 中学校 八束郡内の高等学校
 

○遺跡・史跡・自然・人物
  宍道湖
 (詳しくは→斐川町
 大橋川を介して中海と連なる海水と淡水が混じり合う代表的な汽水湖きすいこで、周囲が約47km、湖面積81.8平方kmで全国第6位です。
 
  女夫岩めおといわ遺跡
 この遺跡は、二つの巨石からなり、地元で信仰の対象として「女夫岩さん」とも「宍岩ししいわさん」とも呼ばれている。巨石の大きさは北側(写真左側)のものが長さ9m、幅2.5m、高さ4m以上、南側(写真右側)のものが長さ6m、幅3m、高さ4.5m以上です。  1994(平成6)年に中国横断自動車道の建設予定地となったことから96年に調査が実施され、古墳時代中期から後期に祭祀に使われたと思われる土器片が出土し、このころから巨石信仰があったと考えられる。その他遺物の中には近世から近代までのものも出土している。その後97年には県指定の史跡になり、現状保存され、女夫岩トンネルが真下を通っています。
 
 宍道町教育委員会の文化財のページに情報があります。また、遺跡の保存に関しては高速道路技術センター内の山陰道 松江玉造〜宍道に地図などがあります。
 
  石宮いしのみや神社

  鳥居の右が猪石
  犬石
 出雲国風土記にある宍道社ししじのやしろが元の神社名だと考えられています。意宇おう郡宍道郷の条には大穴持命おおなもちのみこと(大国主命)が狩をされたとき追いかけられたししと追いかけた犬も石となった。それがそのままあるので猪のかたのあるところという意味で宍道ししぢといわれたとあります。
 境内にはこの伝承となったといわれる大きな自然石があります。
 
  出雲国風土記については島根県教育庁文化財課が作成した 神々の記憶 出雲国風土記に関連する遺跡、国引き神話についての解説などがある。また宍道町教育委員会の文化財のページにも情報があります。
 
  木幡こわた家住宅「八雲本陣」  1733(享保)年に建てられた木幡家住宅は宍道町部の中心地にあって旧山陰道に面しています。宍道町は交通の要衝として栄えてきましたが、江戸時代の歴代松江藩主の国内巡視の折りの本陣宿となり、明治以降も宮宅などの御宿所となりました。現在は旅館八雲本陣として一般にも開放されています。
 
 日本の民家シリーズ第3集として、1995(平成7)年に切手にもなっています。宍道町教育委員会の文化財のページに情報があります。
 また平田市には、本木佐家の旧宅(旧本陣)を移築した旧本陣記念館があります。
 
  伊志見いじみ一里塚
案内板にあった昭和40年代の写真
 江戸時代、主要な街道の1里(約4km)ごとに一里塚が設けられました。山陰道にもあり、そのなごりの一つが伊志見一里塚です。この塚は松江城下から5里(約20km)の地点になります。塚は旧道を挟んで南北にあり、往時はこの塚に一里塚松が植えられていたが、現在は失われています。
 島根県内では、この伊志見一里塚のほかにも安来一里塚(安来市)、出西伊波野いわの一里塚(斐川町)が現存しています。
 
 宍道町教育委員会の文化財のページに情報があります。江戸時代の街道については島根県に関しては歴史の道の歴史の道とはの部分に街道の全体図が、旧街道めぐりのススメにある街道めぐり用語集に基本的な用語が説明されています。
 
  広島(大原)街道の道標
 (街道の旅 大原街道
 ここが雲南方面への分岐点になり、加茂から木次の里方さとがたへ抜け、斐伊川を渡って三刀屋・掛合・頓原を過ぎ、赤名峠を越えて備後の布野に出ます。昔から陰陽を結ぶ重要なルートで、広島街道・大原街道・備後街道などと呼ばれたそうです。現在の国道54号は大体この街道をなぞったものです。
 道標には「右 大社」「左 廣島ひろしま」と刻まれています。
 近くのJR山陰本線の踏切は「広島街道踏切」の名前があります。
 
 江戸時代の島根の街道については歴史の道に宍道尾道街道(宍道〜赤来)として掲載されています。
 
  久戸千体地蔵  来待ストーン近くの丘陵側面にある112体の磨崖仏まがいぶつ。垂直な来待石の岸壁に彫り込まれており、それぞれの像の高さは約70cmの石窟の中に高さ50cm前後で浮き彫りにされています。これらの仏像群はすべて地蔵菩薩であり、中には6体の仏像を意識的に並べたものがあり六地蔵信仰の影響もみられます。はっきりとしたことはわかっていませんが、室町時代から江戸時代にかけて彫り込まれたと思われる
 
 宍道町教育委員会の文化財のページに情報があります。石仏の世界では石仏の魅力を写真と解説で紹介しているほか、石仏図鑑、石仏に関する専門用語などを解説しています。
 
  一斗餅地蔵
 宍道町来待の横見地区にある一斗餅地蔵には、餅などあまり食べたことがない若者がおだてられて「一斗餅を食べ、茶の木を掴み、狂い死にしたという。哀れんだ村人は地蔵を立てて供養した」と伝える悲話があります。
「きまち書留帳」 きまち史話会 1997
 

○伝統工芸品・特産物など
  出雲石灯ろう
 (
来待石灯ろう協同組合


採石場跡

 来待石は、宍道町来待地区周辺でしか産出されない凝灰質砂岩です。古くから日本人の暮らしの中に深く関わり、家の柱の土台、階段、飛び石、灯ろうなどの住宅建材から、手水鉢、石臼と、生活に密着した良質の石材として利用されてきました。その中で、出雲石灯ろうは表面の細かい凹凸が水分を保つため、苔が付き易く古色雅趣に富んでいることから愛好者も多い。そして1976年(昭和51年)国の伝統工芸品の指定を受けました。来待周辺には石を採掘した採石場跡も見ることができます。
 また来待石から造られる釉薬うわぐすりを使って造られるのが石州瓦です。
 
 伝統的な灯ろうの他に、来待石の活性化のために結成されたストーンビジョン等の活動もあります。石や石材については石のコロンブス全国青年石材連絡協議会等のサイトもあります。
 
   
 

○個人・企業など
   
 
  宍道湖伝説  
 

○市町村合併の動き
  松江・八束合併協議会  松江市鹿島町島根町美保関町八雲村玉湯町宍道町八束町でつくる合併協議会です。
松江・八束合併推進協議会
 松江市、鹿島町、島根町、美保関町、東出雲町、八雲村、玉湯町、宍道町、八束町でつくられていた合併推進協議会です。
 
  湖西地域合併任意協議会  平田市斐川町宍道町でつくる合併協議会です。ちなみに宍道町はオブザーバーでの参加です。
 
  島根県 市町村合併  島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。
 

○役場を中心とした地図
  マピオン版
 Mapion
 1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。
 
  地形図閲覧システム版
 国土地理院
 国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。
 


 この資料はリンク集だけではなく、県内の各市町村の情報を提供できればと考えて作りました。
 未だ情報は十分なものではありません。もしよろしければ情報をお寄せ頂ければ、参考にしたいと思います。飯國信行(no-1192@sx.miracle.ne.jp)まで、ご連絡頂きますと大変喜びます。