| 人口 | 15,867 |
人 |
| 面積 | 41.8 |
ku |
| 人口02年 面積99年調べ | ||
簸川郡大社町 たいしゃちょう
| 大社町役場 | 2000年に発見された出雲大社境内遺跡についての情報も提供されています。 | |
| 大社町観光協会 | 町内の観光についてや特産品についての情報も提供されています。 | |
| 大社商工会 | 町内の特産品や、観光、企業につての情報も提供されています。 | |
| 出雲大社青年会議所 | ||
| 浜遊自然館 | 浜遊自然館(体験学習センター)と観察広場(トンボ池)を中心に、黒松林や海岸の散策ができるほか、神戸川河口の野鳥観察小屋で、渡り鳥の観察をすることができます。サイトでは湊原海岸・神戸川河口付近の生物やトンボ池付近の生物について紹介されています。 | |
| 手銭記念館 | 大社で十代続いている手錢家から寄贈された美術工芸品を基に開館されました。 | |
○学校
| 小学校 中学校 簸川郡内の高等学校 | ||
○遺跡・史跡・人物
| 出雲大社 (出雲大社) ![]() |
旧暦10月10日の夜7時、稲佐浜で行われる神迎祭は、全国各地より参集される神々をお迎えする神事です。その後大社の神在祭が終わると、引き続き八束郡の佐太神社で神在祭があり、万九千神社より神々はそれぞれの国に還られるといいます。 「大社造り」といわれる神社建築様式の御本殿は国宝に指定されています。記紀(風土記・日本書紀)にもあり、国譲りの神話で知られています。 |
|
神在月の神事に関しては島根県古代文化センターの中にある出雲のお祭りにまとめられています。 大社町観光協会のサイト内の出雲大社の由緒では御神系や御本殿や荒垣内の平面図が紹介されています(より)。 大国主命は本来、国土創成の神でしたが大黒天と習合し、福の神として広まってゆきました。大黒天(七福神研究室)にもう少し詳しくかかれています。 古事記・日本書紀に関しては日本文学等テキストファイルで本文を見ることができます。 |
||
| 出雲大社境内遺跡 (出雲大社境内遺跡) ![]() |
2000年4月に巨大な柱が発見され、その後の調査で鎌倉時代初期(十三世紀初め)に伐採された杉が使われていたことが判明し、史料や古絵図から、1248(宝治2)年に遷宮された朱塗り本殿の可能性が高まっています。 | |
出雲大社のサイトではこれまでの発掘のあゆみや出土品などが紹介されています。また古代文化センターでは出雲大社境内遺跡の様子を360度 山陰中央新報社の特集記事を集めた出雲大社境内遺跡があります。CGによる復元図を見ることができるのがJUNK WORLDにあるCGの復元図古代出雲神殿やIZUMO WONDERLANDの古代出雲王国の謎やCGギャラリーにあります。 |
||
| 出雲の (出雲阿国歌舞伎) ![]() |
歌舞伎の始祖(元祖)と言われる。出雲大社の鍛冶職、中村三右衛門の娘で幼少の頃から巫女をしていたと言われています。江戸時代の慶長年間(1600年前後)に京都の四条河原で男装して刀を差して舞い見物人を魅了したといわれています。 | |
現在大社町では出雲阿国歌舞伎が行われています。劇団の公式サイト劇団阿国座のほか、個人で運営しておられる出雲阿国歌舞伎があります。また阿国の墓や祈念碑については歌舞伎ファンにもあります。 |
||
大社線大社駅![]() |
1912(明治45)年に山陰本線の出雲市駅から、大社駅までを結ぶ全長7.5kmの鉄道として開業しました。その後国鉄はJR西日本になり、大社線は1990(平成2)年3月31日にその歴史を終えましたが、駅舎は現在も大切に保存されています。 | |
大社線の歴史や廃線跡についてはJR西日本大社線(鉄道紀行)や大社線廃線跡紀行(my旅BOX〜鉄道旅行と旅〜)のほか、JRたいしゃせん(なおたろうのお部屋)では島根県内の廃線跡などを紹介しておられます。 The Ruins of Rail 廃線跡を旅するでは立久恵線に限らず全国廃線跡を丁寧に写真や地図でまとめてあります。 サウンドコレクション(1)では大社線を走っていた普通列車(「だいせん」の末端区間・20系)の、出雲市駅発車後のアナウンスと、大社駅到着の模様を聞くことができます(客車列車の旅)。 |
||
| 出雲日御碕灯台 (見学できる灯台) ![]() |
国際航路標識協会(IALA)が提唱した、世界灯台100選の一つに選ばれた灯台です。1903(明治36年)4月1日点灯した日本人の設計・施工による大型洋式灯台で、その高さは、基礎から頂部まで43.7メートルで建設当初から現在に至るまで、本邦最高の灯塔として高さを誇っています。また、見学ができる灯台としても知られています。島根県内にはこのほかに美保関灯台があります。 | |
灯台に関しては、上記見学できる灯台を紹介している社団法人燈光会のサイトでは航路標識についてや歴史的灯台などについても紹介されています。その他には日本の灯台もあります。 |
||
(水を治め、水を利用する) ![]() |
|
|
| 大梶七兵衛 (詳しくは→出雲市) ![]() |
江戸時代の元和7年(1689)に生まれ、斐伊川の水を引き入れ高瀬川や、神西湖(湖陵町)から日本海を結ぶ 大梶七兵衛の銅像は出雲市と大社町の両方にあります。 |
|
杵築湾![]()
|
1892(明治25)年頃より杵築港寄港への動きが始まりました。大阪商船の定期寄港地として決まったのが1907(明治40)年で、その後は参詣の人や荷物、船員など多くの人々でにぎわいました。しかし1912(明治45)年に大社線が開業した頃を境に減少してゆきます。現在は海岸に波戸の名残を見ることができるほか、写真にある常夜灯があります。しかしこの場所も道路の拡幅に伴って移動されています。この場所より北側に大社港があります。 杵築湾への大阪商船の寄港については「往時のふるさと 〜大社町小土地三区〜」1989 江角 博 が写真や資料が豊富で大変参考になります。また「”おおかみ”蒸気船のこと」和田俊正 「大社の史話 25号」 1978 大社史話会が参考になります。 |
|
大阪商船株式会社は1884(明治17)年に創業され、1964(昭和39)年に大阪商船と三井船舶が合併して大阪商船三井船舶となる。(平成11)年にナビックスライン株式会社と合併、株式会社商船三井と社名を変更し商船三井として現在に至ります。大阪商船等の歴史についてはなつかしい日本の汽船が参考になります。 |
||
○伝統工芸品・伝統行事・特産物など
(大社ご縁広場・吉兆館) ![]() |
1月3日に行われる新年を祝う行事で、各町内会は朝から神楽衣装と鬼面を着けた悪魔ばらいの |
|
(大社の祝凧) |
大社町の郷土玩具で、図柄は朱で「鶴」、墨で「亀」がデザインされた装飾文字として描かれています。 |
|
大社の祝凧を紹介している海の男の他、伝統的な凧を集めているサイトとしては五十崎凧博物館や大橋栄二の凧ページにも紹介されています。 |
||
| 島根ブドウ (JA全農しまね) 特産品のぶどうをクリック |
大社町と出雲市には県下のぶどう栽培面積の約60%、300haが集中しています。主にデラウェアの栽培が中心で、平成10年度の作付け面積、生産量とも1位:山形県、2位:山梨県、3位:大阪府、4位:島根県である。出雲市の出雲地区ぶどう生産組合と簸川郡大社町の大社地区ぶどう生産組合があります。 | |
島根県における砂丘地ブドウの産地形成は鳥取砂丘新発見伝の教養ゾーンの中にあります。 ブドウの生産量などの資料は島根県農林水産部生産流通課の農産園芸まるごとデータブックがあります。 |
||
○個人・企業など
| 島根ワイナリー | ワイン製造工程ではワインができるまでを紹介しています。 | |
| だんだんネット | 大社町の大社町有線放送電話を使って地域のネットワークを考えるグループです。 | |
| 大社郵便局 | ||
| アルファ食品 | お米のことについての情報が提供されています。 | |
| 複合型高齢者福祉施設 サンライト |
||
| 日航機墜落事故 東京-大阪123便 新聞見出しに見る15年間の記録 | 1985年8月12日、日本航空・東京-大阪123便墜落事故が発生しました。この事故でホームページの作者祝部幸正さんの友人で、元大社町議会議員だった川上英治さんとその奥様と娘さんが亡くなられました。 すでに15年が経過して、次第に記憶から薄れるいま、空の安全を願い、改めて振り返っていただきたいという思いからこのホームページを立ち上げられました。 |
|
○市町村合併の動き
| 出雲地区任意合併協議会 | 出雲市、平田市、斐川町、佐田町、多伎町、湖陵町、大社町でつくる任意合併協議会です。 | |
| 島根県 市町村合併 | 島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。 | |
○役場を中心とした地図
マピオン版![]() |
1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。 | |
地形図閲覧システム版![]() |
国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。 | |