| 人口 | 4,126 |
人 |
| 面積 | 55.04 |
ku |
| 人口02年 面積99年調べ | ||
簸川郡多伎町 たきちょう
| 多伎町役場 | ||
キララ多伎![]() |
駅舎は国道9号線に面し、その裏側はキララビーチになっています。また、すぐ近くにキララコテージや多伎いちじく温泉があります。また、町特産のいちじくを使った商品やソフトクリームなども有名です。 | |
道の駅キララ多伎は北欧建築を採用したりフィンランド関係フォーラムを開催したことを契機に、在フィンランド日本国大使館の橋渡しでヨエンスーのピリスヨエン中学校と多伎中学校とインターネットを通じた学校間交流を行っています。また、日本の夕日百選にも選ばれています。夕日の放送局 |
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○学校
| 小学校 中学校 簸川郡内の高等学校 | ||
○遺跡・史跡・自然・人物
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幕末の頃、松江藩は外国船に備え海辺の要地に唐船番という兵団を置いて監視を行ったが、1800(寛政12)年出雲の国と石見の国の国境に位置する 1853(嘉永六)年6月、ペリーが浦賀に来航、翌月にはロシアの軍艦が長崎に入港して通商を求めたので、幕府は兵備を整え、海防をかためるよう各藩に指令を出した。松江藩も海岸の要所へ一層の防備を命じ、当地では田儀湾の東、この手引ヶ浦の高台(実際の場所は新宮氏宅敷地)と湾の西田儀川口の二ヵ所に台場(砲台)を築いて大砲を三門ずつ配備し、遠見という役人が来てこれを守備した(田儀村誌より)。 |
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日本の稜堡式城郭・台場の御紹介 |
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○伝統工芸品・特産物など
多伎いちじく![]() |
多伎町では古くからいちじくが家庭果樹として庭先や菜園の片隅に植えられて親しまれていました。それが水田の転作作物として1970(昭和45)年頃より盛んに栽培されるようになり、「多伎いちぢく」として脚光を浴びるようになりました。品種は「 |
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○個人・企業など
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○市町村合併の動き
| 出雲地区任意合併協議会 | 出雲市、平田市、斐川町、佐田町、多伎町、湖陵町、大社町でつくる任意合併協議会です。 | |
| 島根県 市町村合併 | 島根県内の動きはこのページが参考になります。また山陰中央新報の特集「平成大合併の動き」にも関連する内容があります。 | |
○役場を中心とした地図
マピオン版![]() |
1/21000、1/75000、1/15万の縮尺で見ることができます。ルートマップとしても使えます。 | |
地形図閲覧システム版![]() |
国土地理院が刊行している全国の2万5000分の1地形図を数値化した地形図画像を基に、閲覧用として単色化し、編集・加工されたものです。 | |