1968年,小学校学習指導要領


第2節,社会 第1,目標 社会生活についての正しい理解を深め、民主的な国家、社会の成員として必要な公民的資質の基礎を養う。 このため、 1,家庭の役割、社会および国家の働きなどそれぞれの特質を具体的な社会機能と結,びつけて正しく理解させ、  家庭、社会および国家に対する愛情を育てるとともに、,自他の人格の尊重が民主的な社会生活の基本であ  ることを自覚させる。 2,さまざまな地域にみられる人間生活・自然環境との密接な関係、自然に対する積,極的な働きかけの重要性  などについて理解させ、郷土や国土に対する愛情、国際理,解の基礎などを養う。 3,われわれの生活や日本の文化、伝統などはすべて歴史的に形成されてきたもので,あることを理解させ、わ  が国の歴史や伝統に対する理解と愛情を深め、正しい国民,的自覚をもって国家や社会の発展に尽くそうと  する態度を育てる。 4,社会生活を正しく理解するための基礎的資料を活用する能力や社会事象を観察し,たりその意味について考  える能力をのばし、正しい社会的判断力の基礎を養う。

1969年,小学校指導書社会編

第1章,総説 (1),社会科の目標の明確化  小学校の教育課程において、社会科という教科はどのような役割を果たすべき教科なのか、また教科として の固有の性格はどのような点にあるのかが明確にはあくされていなければ、効果的な指導計画の作成も充実し た授業の展開もできないことは、いうまでもない。このような重要なことがらを表現したものが、教科として の社会科の目標にほかならないが、特に新学習指導要領では、「第1目標」を見ればわかるように、まず冒頭 に「社会生活についての正しい理解を深め、民主的な国家、社会の成員として必要な公民的資質の基礎を養う。」 と総括的目標を揚げ、社会科の基本的な性格を明示している。  旧学習指導要領では、「社会科はわが国における民主主義の育成に対して重要な教育的役割をになう教科で ある。」「社会科は、社会生活に対する正しい理解を得させることによって、児童の道徳的判断力の基礎を養 い、望ましい態度や心情の裏づけをしていくという役割をになう。」などのことは示されていた。しかし、今 回の改訂に当たって、教育課程審議会で社会科の改善に関連した諸問題を広く検討した際、このような目標の 表現では、各学校の教師が社会科の基本的性格を明確にはあくできず、このことが社会科教育の成果を妨げて いる大きな要因でもあるということになり、その結果「目標については、民主的な国家、社会における公民的 資質の基礎を養うこの教科の基本的性格が正しくはあくされるように、その表現を明確にすること」という答 申が、改善の具体的方針の第1項として示されたのである。  そこで、このような改訂の経緯に即して考えれば、前掲の総括的な社会科の目標のなかでも、特に後段の 「民主的な国家、社会の成員として必要な公民的資質の基礎を養う。」という表現が重要な意味をもち、社会 科の基本的性格をいっそう明確にしようという改訂の精神が、いわば短いこの一句に集約されているといえる のである。  したがって、公民的資質とは何かということが、今後の社会科の指導を進めていくうえでも、きわめて重要 な問題になるわけである。  公民的資質というのは、社会生活のうえで個人に認められた権利は、これをたいせつに行使し、互いに尊重 し合わなければならないこと、また具体的な地域社会や国家の一員としてみずからに課せられた各種の義務や 社会的責任があることなどを知り、これらの理解に基づいて正しい判断や行動のできる能力や意識などをさす ものといえよう。したがって、市民社会の一員としての市民、国家の成員としての国民という二つの意味を含 んだことばとして理解されるべきものである。  そして、公民的資質の基礎というのは、新学習指導要領の社会科の具体的目標として示されている1から4 までの各項に含まれていることがら、たとえば自他の人格の尊重が民主的な社会生活の基本であるという自覚、 郷土や国土に対する愛情、国際理解、正しい国民的自覚をもって国家や社会の発展に尽くそうとする態度、正 しい社会的判断力などのすべてが、これにあたるわけである。言い換えれば、こうしたさまざまな理解、能力、 態度、愛情などを身につけた人間であってはじめて、民主的な国家、社会の成員にふさわしい公民ということ ができ、こうした公民的資質の基礎を育成していくのが社会科の主たる使命であることを、新学習指導要領で 明確にしたわけである。  以上の説明によって社会科の目標の明確化に努めた新学習指導要領の趣旨、特に公民的資質というものにつ いての考え方やその内容を正しく理解するならば、今回の改訂が戦前の公民科の復活や再現を意図したもので はないことは、おのずから明かであろう。 ……(以下略:飯國)…… 第2章,各学年の目標および内容 第3節,第1学年の社会科と道徳の時間の指導 (1),第1学年の社会科における指導上の諸問題 ……(前略:飯國)……  第1学年の社会科指導において、特にたいせつなことは、学校という集団にはじめて参加した児童たちがど んな生活経験のなかで周囲の事物、事象についてどんな認識をするようになっているのか、どうすればその認 識をより正しい方向へ育てていくことができるのか等のことについて、じゅうぶん検討することである。さら に、その社会認識の深まりが、児童の生活の充実にどんな意味をもっているのかも、よく考えておきたいこと の一つといえよう。元来、低学年の児童には、幼児期からの自己中心生がかなり強く残り、論理的な飛躍が多 い。また情緒の不安定、おう盛な想像力などの特徴ももっている。いっぽう周囲の事物や人に強い関心をもち、 特に自己に直接的な利害関係をもつ場合には、その関心が好悪の感情的な評価になることも少なくない。  このような低学年児童の特長は、今日としてよく承知しているのであるが、実際の授業になると、つい指導 の意図だけが先行してしまうことになりやすいのである。具体的な素材を中心に児童自身が考えたり、作業し たりするというのでなく、教師の考えを児童に押しつけていく傾向がしばしばみられたのも、その現れである。  そして、社会科と道徳の時間の指導との間に混乱が起こるのも、このような低学年児童の特性に引きずられ て、社会科としての目標や内容の本質を授業のなかで生かしきれないために起こってくることが多いのである。 (2),第1学年の社会科の本質と道徳教育  新学習指導要領では、第1学年の「内容の取り扱い」の(1)に、「内容の(1)に関連した学習では、い わゆる学校や学級のきまりの問題も取り上げることになるが、きまりをよく守るという指導に重点をおくので はなく、それらに反映されている学校という集団生活の特色を理解させることに主眼をおいて指導する必要が ある。」としるして、この学年の社会科の本質を具体的に示している。これは同時に、社会科と道徳の時間の 指導、一般的な生活の指導などとの異同、関連を明かにしたものといえよう。  すなわち社会科では、きまりを守るというような集団生活に必要な基本的行動様式を身につけさせること自 体が目標なのではなく、それぞれの集団生活の特色を理解させることに主眼があるのである。 ……(中略:飯國)……  このように考えてくると、社会科と道徳の時間との本質的なちがいが、ごく自然に浮かび上がってくるよう に思われる。すなわち。同じように学校生活、家庭生活を扱っても、社会科の目標や内容でおさえようとして いるのは、じぶんたちをとりまく環境についての理解である。そのために、具体的な観察や検討を通じて、そ れぞれの施設や道具、あるいは人々の仕事などの社会的意味をとらえさせようとする。そして、そのような環 境のなかで自分たちがどのように生きていったらよいかという、社会的判断力の基礎を養おうとするのである。 これに対して道徳の時間では、現在の児童の生活に基づきながらも、それをこえた場において道徳的価値を追 求し、道徳性を育成しようとする。それは、自分たちをとりまく環境を学習の対象とするというよりは、道徳 的に見て問題のある心情や行為を反省し、人間としての望ましい道徳的あり方を考えさせようとしているので ある。  ここに、両者の大きな違いがあるのだといえよう。  しかし、その反面において家庭、社会、国家の一員としての望ましい資質の育成をめざす社会科は、学校に おけるすべての教育活動と結びついて展開される道徳教育と密接な関連をもっているし、道徳の時間の指導と も表裏の関係をもつものである。